今日は、真備支部の方と行動しました。
先日、造成工事が始まっている特別支援学校予定地から西の方向の位置する猿掛城址の風景を載せました。
この風景は、小田川の堤防から東方向を望んだものです。
右の山が古戦場福山です。左に稜線を下ると中央部分の平たいところが中世の幸山城跡です。
1336年の福山合戦では、新田義貞が福山城に、それを攻める足利勢、勝利した足利氏は、その後、光明天皇をたて、後醍醐天皇は吉野に、南北朝の始まりとあります。
幸山城の城主は、石川氏。いわゆる備中兵乱、毛利と三村の戦いで、義兄の三村元親に組みするが、追いつめられ幸山城で自刃、(天正3年、1575年)その後、一時期、清水宗治(1582年?秀吉の水攻めで自刃)の居城、その後廃城とあります。
幸山城から見下ろす総社平野の北側には、古代の朝鮮式山城の鬼ノ城があります。
この地の古代、中世の城跡群は、街道を見下ろし、目視の範囲内で連なっています。
幸山城から西にまっすぐ猿掛城、そのまた西にと。
今日の空は快晴です。福山合戦の日も、天正3年に自刃したその日も、空は、今日より、もっと青かった、そんな空を想像しています。
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